秋空に


 秋の夕焼けほどに
 この世の色彩を最大にまで
 使いこなしたものがあるだろうか?

急に振り返った彼女は、
真剣な眼差しでそういうと、
イタズラっぽく笑って、
くるりと向きを変え、
はずむ足取りでいつもの家路を辿った。

日は、もうすでに沈み、
ただ、茜色の空だけが、
宵の濃紺をそっと受け止めるように
空に残っている。

うっすらと、白んだような空は、
夏の湿気も熱気もすでになく、
冬の張りつめるような緊張もまだなく、
すぅっと透き通るように広がる。

「秋が好きなの?」

しばらく彼女の後ろ姿を眺めてから、
私はそう声をかけてみた。

長い髪に、軽快なリズムの余韻を残し、
立ち止まって、彼女は空を仰ぐ。
夕日の紅の残る空には、まだ星は見えない。

「春も夏も冬も、好きだよ?」
見事なグラデーションを、
徐々に闇色に変えてゆく空を見上げながら、
しばらく考えていた様子の彼女はいった。

「けど、」

言葉を止めて、
一瞬うつむいてから、
再び振り向いて彼女はいった。

「秋の空が、一番色鮮やかだと思う。」

少し白んだような空が、
静かに、彼女を溶かすように、
風になびいた風から、
さらさらと消えていくように。
彼女は、秋の空に似合っていた。

「あ。ほら。」

彼女が、嬉しそうに、
私の背後を指し示す。

「月も、綺麗だよ。」

振り返った目に映る空は、
深い闇。
微かに輪郭をぼやけさせながら、
それでもなおはっきりと、丸い月。

 秋の宵闇ほどに
 この白き月光を最大にまで
 引き立てるものがあるだろうか?

そうつぶやいたのは、
秋風か、彼女か、
もしかしたら、私自身なのか。
わからないままに、
声は闇へと吸い込まれていった。



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