1 〜ウィラル〜


夏の空は、いつも明るい。

夢の中にでもいるかのように、
光の溢れる夏の日。
見上げる空は、霞んだ青。

風が、そっと顔に触れて、
空を眺めながら、からっぽになる。
言葉とか、歌とか、そんなものは、出てこない。
でも、何かがわかった気がする。

だだっ広い空を、ぼけっと眺めていると、
無邪気に笑う、懐かしい笑顔がよぎる。
「はぁ…」
一瞬眉をしかめ、ため息を吐き出した。

「わざとらしい落ち込みようだな?」

背後から声がかかる。
先程から気配は感じ取っていたので、驚くようなことはない。
相手も、近付いたということを隠す気もないのだろう。

「ほっとけ。」

振り返りもしなかったのだが、
横から顔をのぞき込まれそうになり、そっぽを向く。

「ウィ〜ラルちゃ〜ん?
 だいちゅきなご主人様がいなくなっちまって落ち込むのはいいが、
 仕事はこなそうぜぇ〜?遊んで暮らせる御身分でもねぇだろ?」

正面からのぞき込むようにして、スラングが言う。
コイツと話していると、よく思うのだが、
『名は体を表す』

「てめぇなぁ、仕事アニキに押しつけて、日がな一日ひなたぼっこって、
 現役引退したジイさんじゃねぇんだから、もうちっとましな暮らしができねぇのかよ。」

ぐいっと、無理矢理顔を向けさせ、一呼吸で言い放つ。
コイツは、何をいうのにもこの調子で…つまり、口が悪い。
「親方だって、そろそろ黙ってねぇぞ。」

反応を示さない俺を、じとっと睨んで幾分静かに付け加える。
言葉は悪いが、悔しいことに、言っていることは正論だ。
開口一番バカにするような口調ではあったが、
どうやら、真面目な話しをしに来たらしい。

「ガキじゃねぇんだから、いつまでもウジウジしてんじゃねぇよ。」
「………なんで、お前等は平気な顔してられんだよ。」

黙っていたら、一方的に続くであろう言葉を遮り言ったことは、
コトもあろうか、どう考えても100倍返しを喰らうようなセリフだった。

普段なら、もっとうまいこと言えただろうけれど。
どうしても、納得できなかったから。
ずっと、誰でもいいから誰かに、ききたかったのだと思う。

いつも、俺達の中心に、彼女がいた。
明るく笑い。気まぐれに。ただ、楽しく暮らして。
いつも、中心には、手の届くところに彼女がいた。
それなのに、彼女がいなくなったのに、
他のヤツ等は、いつもと変わらず暮らしている。
俺と一緒に、彼女に拾われた兄さえも、変わらず暮らしている。
彼女が旅立ったことよりも、それが、納得できなかった。

「………ばかか?」

少し面食らったように、一瞬黙ってから、スラングが言った。
コイツのこの反応からして、俺は、泣きそうな顔でもしていたのかもしれない。

「アミサが、一生ここに留まってるようなタマかよ。」

心底馬鹿にするように言ってから、確認をとるように俺の顔を見つめる。
つい、顔を逸らしてうつむいた。
いくらか気持ちが落ち着いたのか、今の自分の情けなさが一気に押し寄せてくる。

「っつーかさ。」

スラングが立ち上がりながら言う。

「あとで泣くくらいなら、イイコでお見送りなんかすんじゃねぇよ。」

俺に背を向けて、スラングはアジトに戻っていく。
俺は、顔を上げてその背中を睨むことすらできなかった。

「………お前、今からアミサ追っかけろ。
 そんな状態のヤツ、ここにはいらねぇよ。」

そう言い残して。
その言葉に、たっぷりの同情が入っていることくらいは、俺にもわかった。



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