fairy tale




 『それ』は、泣き叫ぶことで、己自信の光を消していた。
 『それ』は、嘆き悲しむことで、己自信の輝きを曇らせていた。

  ひとつ、またひとつと、自分の輝きを削り取るように、削ぎ落とすように。
  悲しみに暮れるだけのものだった。




声をかけられて、反射的に顔を上げると、
見知らぬヒトが、目の前にいた。

「どうした?」

見知らぬひと…当然のこと。
あの人は、もう、どこかへ行ってしまって、
あの人以外の人なんて、アタシはしらない。

しらないヒトなんて、興味がない。
アタシはまた、顔を下に向けた。

「…シカトかよ。」

興味がないから、アタシは顔を上げない。
顔は上げないけれど、ため息の気配だけ、
チクリと刺さった。

どこに刺さったのかは、わからない。



「いい根性してやがる。」

そのヒトは、そのままそこに腰を下ろしたようだった。
微かに、砂埃の匂い。
少しだけ、あの人の匂い。

ここは、あの人がくれた、アタシの場所だから
土も、空気も、あの人の匂い。

「おい。返事くらいしたっていいだろ。」

けれど、あの人の優しい声は、
もうアタシに注がれない。
あの人は、行ってしまった。

そこは、あの人のいた場所。
あの人が、アタシに話しかけるとき座った場所。

アタシは無言のまま、無造作に片手を上げて、
その人を押しのけようとした。

そこは、あの人の場所。
ここは、アタシだけの場所。

「っ!なんだよ。」

ちっとも動かなかったクセに、驚いたのか、
その人はそう言って、アタシに手を伸ばす。

「悪かったよ。怒ったのか?すねるなよ…」

 あの人の伸ばした腕。
 あの人がアタシに触れた手。


   《それは、あなたのモノじゃない!》


あの人の匂いを残した、アタシの場所の空気が、
その人から、あの人の腕をもぎ取る。

   《返して、返して、返して!》
   《アタシのあの人を返して!》
   《今このアタシを、ここにいるアタシを、》
   《あの人のアタシに、かえして!!》



視界の端を、紅い軌跡が掠める。
ここの空気は、あの人の匂い。
あの人の、血の匂い…

血を流したのは、知らないヒトなのに、
あの人の匂い。

きっと、この腕と、手が、
本当に、あの人のものだったんだろう。

腕と手しかないけれど、
あの人が戻ってきてくれた。

腕と手だけを残して、
あの人は、やっぱり戻って来てくれない…


 チクリと、どこかに、何かが刺さる。
 チクリと、どこか、何かがイタイ。



「いてぇ!いてぇよっ!!
 何だよ!悪かったって言ってるだろ!
 仕方なかったんだよ、連れてけなかったんだ。
 お前だって、わかったって言ったじゃないか。」

  その人が、何かを叫んでいる。
しらないヒトだから、アタシは興味ない。

「結局アイツとは上手くいかなかったんだ。
 思い直して戻ってきたんだよ。
 なぁ、もう許してくれよ。
 このケガもお前なら治せるだろ?
 なぁ、また元通りやってこうぜ?な?」

知らないヒトの声がする。
アタシは、興味がないから、
下を向いたまま、黙っている。

あの人がくれた、アタシの場所で、
あの人の匂いが残る、アタシの場所で、
あの人の血の匂いに包まれて、
あの人の、夢を見る。


「なぁ!頼むから助けてくれよ!なぁっ!」

叫ぶ声が、チクリとどこかに刺さる。
それがどこなのか、アタシにはわからない。

ころりと、白い粒がひとつ。
アタシの内からこぼれ落ちた。





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