〜降り積もる出会いの中で…


 恋の降る街で、うつむいた視線の先に、キミとの出会いが落ちていた…

そのときのボクは、とても間の抜けた顔をしていたことだろう。
きょとんとした顔で、見つめ返すボクを、
キミはどう思ったのだろう…
でも、それ以外の反応ができたとは思えないのだから、仕方がない。
だって、いきなり微笑みかけられたのだから…

ボクは、傷ついていた。
傷ついて、疲れて、そのキズに浸って、淋しく歩いていた。
うっすらと白くなった地面。
それだけを、視界に映して。
それ以外は、視界に入れずに。
傷ついたボクは、淋しく歩く自分の姿を、
セピア色の絵のように思い浮かべながら、ただ歩いていた。

舗装された道は、どこまでも代わり映えがなく続いて。
永遠の孤独を歩く旅人のような、そんな自分の思いに浸っていた。
少し視線を上げさえすれば、
世の中にどんなにたくさんのものが溢れているかが見えただろうけれど、
あの時のボクは、自分自身のキズに閉じこもっていたから…

足元だけ、見ていた。
転ばないように気をつけているわけでも、
ましてや、何かを探しているわけでもなかったけれど…
突然、あるはずのないものが、ボクの視界に入った………

 笑顔

優しく、穏やかで、暖かな

 笑顔

ボクは、足を止めた。
心の中の、何か。
キズとは違う何か。
いや、やっぱり、キズかもしれないけれど、
とにかく、心の中の何かが、その微笑みに捕まった…

「どうしたのですか?」

その人は、静かに口を開いた。
暖かくて、柔らかい声…
ボクの周りの、空気が一瞬で変わるような、優しい声…
穏やかに、ボクを見つめる、優しい瞳…
自然体で、座りながら、その人はボクを見上げていた…

思考が、停止する。
ボクの心は、キズについて考えることを止めた。
ボクの唇が、少し開いて…
ボクは、動きを止めた。

何を言ったらいいのだろう?
ボクの心の内の何を?
そして、それは、上手く言葉にできるだろうか?
言葉になんて、できるだろうか…?

その人は、ずっと、静かに、ボクを見上げていた。

 微笑

優しく、穏やかで、暖かな

 微笑

こんなにも、暖かなものが
こんなにも、安心できるものが
ボクに向けられることがあるなんて、思っていなかった。
もう、失ってしまったのだから、
あり得ないと思っていた…

 そして、また少し、キズが痛んで、
 ボクは、また少し、そのキズに浸った…

「どうしたのですか?」

穏やかな、安らぎの

「あの…」

優しい瞳
ボクを見上げる視線
目を逸らすことなく、ボクを見つめる人…

「あのね…」

息が、つまりそうだと思った…
言葉が、のどにつかえている。
苦しい…
これは、なんて言葉だろう?
どうしたら、この言葉はでてくるのだろう?

気持ちは、言葉にならないのではなくて、
言葉になんて、できないのではなくて、
言葉にするのが、怖いだけで、
その言葉が、正しいのかが、不安なだけで…

 この心を表す言葉は、確かにあって………

「隣に、座ってもいい?」

ボクは、やっとそれだけ絞り出した。

「どうぞ。」

その人は、さっきよりも微笑んで、ボクを招き寄せてくれた。
差し出された手をとる。
微笑みと同じ、言葉と同じ、
その人のぬくもりと、安らぎが、ボクのなかに広がった…

「ここにいてもいい?」

「もちろんですよ。」

静かに、それだけいって、僕たちは寄り添った。

ボクの心の、言葉にならなかったところも、
ぬくもりと、安らぎにとけるように。
あの、キズさえも、この、特別な時に消えてしまったかのように、
ボクの心に浮かぶことはなかった。

 「ありがとう」

溢れる気持ちが、また喉に詰まってしまいそうで、
この安らぎと幸福を、なんとか伝えたくて、
ボクはまた、一言を絞り出した…



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