海馬と木馬








冬ももう、明けようとしていた。
風は、日に日に柔らかさを増す。
ほんの一瞬、風に運ばれたような小雨が、
柔らかにアスファルトを覆うように、
道路の隅に水溜まりを作っていた。

春が、近いな。
目を細めるように空を見上げ、
ふと、視線を前方に戻すと、
水溜まりの上に、何かが浮いている。


木の葉かな?それにしては、位置が高いな。
と、気まぐれに近づいてみると、
一匹の海馬が、水溜まりから生えるように、
尻尾の先だけ水の中に浸けて浮いていた。

微かに、風鳴のような、さざ波のような音。
しばらく聴いていてやっと、
それが海馬から発せられていると気付いた。



どうしたの。と屈み込んで訊くと、
微かに見上げるようにして、

 しゅぅ ざささ…
  しゅすぅ ざささ…
   しゃしゅぅ さざざ…

風のような、波のような、
微かな、ノイズのような、なきごえ。


水溜まりに浸されている尻尾の先は、
乾いたアスファルトのような色になってる。
涙のような、発露のような、雫が浮いていて…

魅入られるように、目が合った。
瞬間、悟るように突然に、何かを感じて、
帰りたいの?と、ほとんど無意識に口に出していた。


海馬は、水溜まりの上に浮いている。
尻尾の先だけ、水の中に入れて。
尻尾の先だけ、アスファルトの灰色になって…


帰りたいんだね。
風のような、波のような、
微かな、ノイズのような、なきごえ。
涙のような、発露のような、透明なしずく。

連れて行ってあげられたら、いいのにね。
手を伸ばすと、海馬は、びくっと、
怯えるように、微かに震えた。

 しゅぅ ざ、ざ…

私も、びくっとなって、慌てて手を引っ込める。
心なしか、尻尾の灰色が、広がっている。
海から、きたんだよね?
帰してあげられたら、いいのに。

海馬は、風のように、波のように、なき続ける。

この水溜まりだって、しばらくすれば消えてしまうだろう。
そうなった時に、この海馬が、アスファルトの隙間から、
雑草が生えるように、同じようにいられるとは思えない。


すぐに、は無理だけれど…
少し思案して、海馬に向かって呟く。

 しゅぅ ざさざ…
  しゅすぅ ざささ…
   しゃしゅぅ さざざ…

………ちょっと、待ってて、ね。
言い残して立ち上がり、とりあえずと考え、
目に入ったコンビニへ駆け込む。


ドリンクコーナーで、安いミネラルウォーターを手に取りかけて、
ふっと、水溜まりに浮いた海馬の、浸食するように、
アスファルトの色に染まっていた、あの尻尾の先が目に浮かぶ。

たかだか数十円で、後悔するのは嫌だと思った。
思い直して、一度手を引っ込める。
えっと、日本からは遠いような所から来た、
ってことはないよね…

心の中で、問いかけながら、毛筆を真似た字体で商品名の書かれた、
渋いようなデザインの海洋深層水を手に取った。

レジに向かいながら、ペットボトルを手の中で回し、
変なものは入ってないよな。と調べる。

原材料は商品名と同じ。
成分表示がされていたけれど、
なんとなく体によさそうというくらいで、
これでいいのかは、よくわからなかった。

ちょっと不安に思いながら、でも、海馬のあの様子では、
駄目なら、こんな水には見向きもしないだろうと思った。
そして、後からこじつけて付け足すように、
水溜まりの水よりは、よいだろうと思った。


会計を済ませながら、次第に、海馬の尻尾の先の、
アスファルトのような灰色が、気にかかってきて、
お釣りの小銭とレシートを、乱暴に財布に入れて店を出る。


 しゅぅ ざさざ…
  しゅすぅ ざささ…
   しゃしゅぅ さざざ…

海馬のなく音が、頭の奧から響くように蘇る。

無事だと、いいな。まだいると、いいな。
帰ってしまったのなら、仕方がないし、それでもいいけれど。

もと来た道を戻りながら、考えを巡らす。
水溜まりと、そこに浮かぶ、木の葉のような、
小さな影を確認し、私は安堵した。

コンビニのテープが貼られたペットボトルを持ち直し、
早足で歩きながら蓋を開ける。

再び水溜まりの脇に立つと、
海馬は少しだけ、こちらに視線を向けるようにして、
やっぱり変わらず、そこに浮いていた。

尻尾の先だけ、水溜まりに浸して。
尻尾の半分くらいを、アスファルト色にして。
風鳴りのような、さざ波のような音で、ないて。


ねぇ、きみ、そこから放れられないかな?
こっちの水に、移れないかな?
今すぐは、無理だけど、今度の休みの日にさ、
海へ、連れてってあげるから。
きっと、帰してあげるから。

しゃがみ込んで、蓋を開けたペットボトルの口を差し出す。
ねぇ、これじゃ駄目かな?
このままここにいたら、そのうち、
水溜まりが干上がっちゃうよ?

海馬に話しかけるうちに、
不安が募ってゆく。

このまま、消えてしまいはしないか。
私の手の内になど入らず、ここで、全身をアスファルトの色にして、
石ころのようになってしまうのではないか。
海馬は、ここから離れないのではないか…


 しゅぅ ざさざ…
   しゅすぅ ざ、ささ…
     しゃ、しゅ、ぅ ざ、ざ、さ…

しかし海馬は、一瞬私の顔を見上げるようにして、
それから、僅かに、ペットボトルへ向けて首を伸ばす。


するんと、吸い込まれるように、
海馬はペットボトルの中に入り、
水の中で、ふらふらと浮いていた。

いつの間にか、日が暮れていて、海馬は、ペットボトルの中、
プラスチックが柔らかく曲げた、街灯の光を受けて、
本物かどうかも、私にはわからない海洋深層水の中で、
ふらふらと海馬は、水の中で浮いていた。


あぁ、よかった。覚えず呟いて、
私は、海馬の入ったペットボトルの水を、
こぼさないように、大事に持って帰った。



ペットボトルの中で、海馬は、
何事もなかったように、変わらず浮いている。
微かに上下しながら、ふらふらと浮いている。

もっと、広い所だったら、泳ぐのだろうか。
もっと深い海だったら…?

 さ ざ ざ…
  ざ さ さ…
   ざ ざ さ…

海馬の動きに合わせて、水が揺れる。
ぴちゃぴちゃと、小さく水が打ち寄せる音に、
微かに、波の音を含ませて。

 さ ざ ちゃ…ちゃぷ………

海馬は変わらず、ペットボトルの中を浮いている。
私は、海馬が水の中を、力強く進んでいく様を思い浮かべ、
なんだか嬉しくなった。

帰してあげるからね。
きっと、すぐに、
帰してあげるからね。

海馬の尻尾の灰色は、少しだけ、薄れたようだった。



翌朝も、あのペットボトルの中で、
海馬は変わらず浮いていた。

 さ ざ ちゃ…ちゃぷ………
  ざ さざ ちょ…しゃぅ………
   ざざ しゅ ぷ ざ………

微かな、波の…音?
空気と水が、擦り合わされ、ペットボトルに跳ね返るような。
海馬の、なく声。

 
帰してあげるよ。
きっと、帰してあげるからね。

仕事場に、持って行くわけにも行かず、留守の間に倒れるのも心配で、
少し迷ってから、私はペットボトルの蓋を閉めてみた。

海馬は、変わらず浮いている。
なき声だけが、蓋に遮られて部屋から消える。
海馬の様子は、変わらない。

大丈夫そうかな。
少しだけ、海馬をじっと見て、
やっぱり様子が変わらないのを確認してから、
カーテンを厳重に閉めて、私は家を出た。



 ***



その日私は、海洋深層水のペットボトルを、
もう一つ買って家に帰った。
海馬が、泳いだらいいなと思って、
今度は2リットルのペットボトルにした。

重い買い物袋を下げて、家の玄関を開ける。

 さ さ ざ さわ
  ざ さわ しゃ

音。風の…音?
朝、ペットボトルの蓋を閉める前よりも、
はっきりと、空気の流れる音。

 さ さわ さわ さん
  さわ さわ さ さん
   ざ さ ざ さわ

梢の、風にこすれるような。
はっきりとした、風の音。部屋の中から。


部屋の…中?

この季節に、夜窓を開けたままになんてしない。
朝も、寒くて、窓なんて開けない。
開いていて気付かないほど、間抜けではないつもり。
何より、ペットボトルの海馬が気になって、
カーテンを厳重に閉めて、窓も確認して出たのに…

 さ さわ しゅぅ
  ざ さ さん

海馬は…?海馬は、どうしただろう?
買い物袋をドアや壁にぶつけて引っかかりながら、
私は大慌てで中に入った。
玄関の狭さと、買い物袋を引っ張る遠心力がもどかしい。


そして、部屋の中に一歩入り、
私はその場に立ちつくした。

テーブルの上には、今朝と変わらないペットボトル。
今朝は、確かにペットボトルにはまっていた、プラスチックの蓋。
ペットボトルの中には、微かに、カーテンの隙間から、光を反射して輝く水。
そして、水の中…水の中には………


あんた、これ、どうしたのっ。
やっと我に返り、テーブルに駆け寄って膝をつく。
水の中には、細長い葉が何枚も浮かび、
ペットボトルの口の部分から外へと延びている。
葉には、短い茎がついていて、その茎から、
細い糸のような根が、無数に伸びている。
その根に、囲まれるように、ゆらゆらと、揺れているのは、
一体の木馬。

暖炉のある、冬の風景によく似合いそうな揺り木馬が、
毛筆を真似たロゴの書かれた、ペットボトルの水の中で、
ゆらゆらと、揺れている。

 さ さわ さわ さん
  さわ さわ さ さん
   ざ さ ざ さわ

風の音は、木馬からとも、葉からとも知れず響く。

ゆらゆらと、ペットボトルの中の木馬。
瓶の中の模型船のようで、
このまま、飾っておくしかないんじゃないかと、
一瞬、思う。

 さ さわ しゅぅ
  ざ さ さん
   さ ざ ちゃ…ちゃぷ………

木馬の揺れに合わせて、微かに水の音が響く。
ふっと、疑問がわき出て、私は少しだけ、
木馬のペットボトルを傾ける。

ゆらゆらと、少しだけ木馬の揺れが傾き、大きくなる。
それでも、木馬の様子が変わらないことを、
注意深く確かめながら、ペットボトルを傾けてゆく。

細長い葉を掻き分けるようにして、
中の水を、指先に漬けようとしたのだけれど、
葉は思ったよりも厚くて、上手くいかない。

顔を近づけると、むせ返るような、緑と潮の臭い。
そう強くはないけれど、鼻につき始めると意識せずにいられない。
水は、塩水なんだろうか?だとしたら、木の葉は?

呆然と眺める間も、木馬は変わらず揺れている。
小さな、ペットボトルの中、透き通った、水の中で、
網のように囲む、葉の根の中で、ゆら、ゆらと。


しばらくの間、ペットボトルを持ったまま、木馬を眺めていた。
そして、とうとう、ほとんど衝動的に、
私はそれを真横近くまで倒し、掌にひとすくいの水を出し、
じっと眺めて、におい、その潮の香を確かめて、
舌を付けた。

ギリギリと、手首に掛けたままだった買い物袋が食い込む。
その感覚が、今になって、やけに現実味を帯びた。
口の中は、ひどく塩辛く、ざらついていた。


   しゅぅ ざささ…
    しゅすぅ ざささ…
     しゃしゅぅ さざざ…


最初に海馬を見つけた時の、あの、なきごえを思い出した。
木馬は、水の中で揺れている。
それに合わせるように、ペットボトルの口で、葉も揺れる。
ゆらゆらと、揺れながら、ふっと木馬と目があった。
あんたは、どこに帰りたいのよ。
海でいいんでしょう?海から、来たんでしょう?

 しゅぅ すさぅ
  しゃすぅ さわわ
   しゃしゅぅ さざぅ

ペットボトルから、水の中を響くように、音がする。
風の音。葉の、ふれあう音。

海馬を、拾ったんだ。私は。
海馬を、このペットボトルに入れたんだ。
けれど、ここにいるのは、木馬だった。
水の中で、悠然と揺らぐ、木馬だった。

木馬は、私を見つめて揺れる。
今までよりも、幾分強く、けれどゆっくりと。
揺れながら、私を見上げる。
私を通り越した、天井を、その先を見つめ、
ゆっくり、ゆっくりと、水の中を浮上する。
絡まった、細い根を、ふりほどくこともなく。

木馬がふらりと浮いて、ペットボトルの口の部分に頭を差し掛ける。
ゆったりとした曲線を描いて、葉の根が続く。
茎が、押し上げられて、葉が、ぎゅうぎゅうに詰まる。
木馬は、ゆらゆらと、少しずつ浮上する。
網にかかった、魚のようだと思った。

外に、出るの?
葉の茎に押しとどめられ、木馬が揺れる。
木馬は、何も言わない。なきごえも、止んでいた。

ほんの少し震える手を、ペットボトルにのばし、
ペットボトルから出た、葉の先端を引く。
ずるりと、葉の根は一つの網のように絡まっていて、
根っこごと木馬が出てきた。
足に、根を絡ませて、水上に浮く。

蓮のようだなと、思った。
木馬が、根から水を吸っているような気がした。

 しゅぅ ざざぁ
  しゃしゅぅ さぁさ

風の音だけ、どこからか響いた。
細長い葉は、細い根っこで繋がれて、
だらんと、ペットボトルにぶら下がっている。
海馬は木馬になって、そのなき声は風の音だけになった。

なんだか、気が抜けてしまった。
森へでも、帰せばいいのかな?
あきれて訊くと、木馬はゆらゆらと揺れながら、
透明な雫を滴らせる。
じゃぁ、川にでも…やっぱり、海なのね。
調子に乗って言いかけると、潮の臭いが鼻をついた。


なんだか、よくわからなくなりながら、
やっぱり、これは、あの海馬なのだなと、やけに納得して、
やっと下ろした買い物袋のペットボトルから、
木馬の浮く小さなペットボトルへ水をつぎ足した。

減った水が、こぼれたのか、蒸発したのか、
葉が吸ったのか、海馬が吸ったのか、木馬が吸ったのか、
私には知るすべもなかった。



その後木馬は、ペットボトルの上で、
水に根を下ろしたまま、ゆらゆらと揺れていた。

私は、ときどき水を足して、木馬を眺めた。
ペットボトルから生えた葉は、茎の根本から枝が伸び、
ぷちぷちと小さなつぼみを付けた。
花が咲くのかなと、思っているうちに週末になった。


土曜日の朝。
平日より少し遅めに起きて、改めてしげしげと木馬を眺めた。
木馬は、ペットボトルの口から、わずかに上の所に浮くようにして、
足に、細い細い根を絡め、ゆらゆらと揺れる。
木馬が揺れるたびに、ペットボトルの水の中の根と、口の外の葉も揺らぐ。

木馬を横目に、のんびり朝食をとる。

 しゅぅ さぁさざぁ
  しぁゅ ざささぁ
   しゃぁさ ざざさ

波が寄せて返すように、一定の周期でもって、木馬がなく。
帰ることを、予感するかのように、少しだけ強く。


海に、帰ろうね。
ペットボトルの上で、海馬は揺れる。
ゆらゆらと、風の音でなきながら。



身支度を調え、天気予報をチェックして、
窓から、空を見上げる。
さやさやと、暖かな陽射しに、柔らかな風。
ほんの少し冷たさを残して、けれどもう、春の、風。


木馬のペットボトルを手提げに入れて、車に乗り込む。
ドアを閉めて、ペットボトルを手提げから取り出し、
ドリンクホルダーに置く。

 しゅぅ さぁさざぁ
  しぁゅ ざささぁ
   しゃぁさ ざざさ

ゆらゆらと、木馬が揺れて、風に似たなきごえが車内に響く。
エンジンをかけ、カーステレオはオフにして、
木馬のなくこえを聴きながら、私は、海へと走り出した。



 ***



海は、静かで穏やかだった。
海の上の空も、静かで穏やかだった。

木馬はゆらゆらと、ペットボトルの口の上にいる。
浜に寄せる波の音が、通り過ぎる風の音が、
木馬のなきごえを掻き消してゆく。

 ざざざぁ…
  ざささぁ…
   さざざざぁ…

ゆらゆらと、ペットボトルの木馬が、
わずかにこちらを向く。
帰るんだね。ここから、帰れるね?

葉の茎から伸びた、小さなつぼみは、
いつの間にか、ほころびかけていた。
小さな、柔らかな白が、緑の合間に見える。

  ざざざぁ…
   ざささぁ…
    さざざざぁ…

ふるんと、波の音に応ずるかのように、木馬が身じろぎをする。
ゆらゆらと揺れながら、ゆっくり、ゆっくり、
ペットボトルの上で体の向きを変えて、
ゆっくり、ゆっくり、海を眺める。


私は、木馬を眺める。
黙って、じっと木馬を見ている。
風に乗って、波に乗って、帰るであろう、小さな姿を。


 しゅすぅ…
  しゃすぅ…


海を見つめて、木馬がなく。
それが、合図のように思えて、
私は、ゆっくり海へと近づく。

きし、きし、と、浜の砂が詰まるような、私の足音。
柔らかな、塩を含んだ風と、波の音。
さらさらと、風が流れるような、木馬の揺らぎ。
それらの景色を、楽しみながら。


波打ち際よりも少し先の、陽光を反射する水面を眺めながら、
ゆっくりゆっくり、私は思う。

木馬は、海へ帰るだろう。
木馬は、海馬に還るだろうか。
海馬は、海を泳ぐだろうか。


一歩進むごとに、波の音が大きくなる。
海へ近づくごとに、波も、風も、穏やかに、柔らかに、
速度を落としていった。

かえろうね。あなたの、来たところへ。
あなたが、いたところへ。

小さく呼びかけて、海へと差し出すように、
ペットボトルを傾ける。
くすぐるように、足下の砂を波が浚う感覚が、
靴底越しに伝わった。



  しゅすぅ…
   ふすん…

木馬が、体を震わせ、空を見上げた。
後方から、風が通り過ぎ、
そのまま海面の上を撫でるように滑っていった。

 さぁぁぁ…
  ざぁぁぁ…

    しゅぅうぅ ざぁさ

空を見上げた木馬が、大きくないた。
何もない空を通り過ぎる、風の音でないた。
ペットボトルの細い葉は、茎を伸ばし、花をほころばせ、
根が、水の中から這い出して…

ほんの少し、木馬が持ち上がった瞬間に、
風が、強く背を押した。



 さぁぁぁあぁ…
  ざぁぁあぁ…
   さぁぁ…


静かで、穏やかな春の海。
静かに澄んだ、海辺の空。
小さな、白い花びらが、ぽつぽつと伸びてゆく。
風に弄ばれる私の髪が、細い緑の葉とすれ違う。

ちいさな、水溜まりの海馬は、
ペットボトルの海馬になって、木馬になって、
私はそれを、海へ帰そうとして…


    しゅぅうぅ ざぁさ


帰そうとして、海に来て、
海馬はとうとう、羽を生やして、
天馬になって、飛んでいった。


 しゅぅ ざささ…
  しゅすぅ ざささ…
   しゃしゅぅ さざざ…


海馬のなきごえと同じ、風と波の音が聴こえる。
あぁ、そうか。だからあなたは、水溜まりにいたんだね。
雨に乗って、水溜まりに来たんだね。

きれぎれに浮かぶ、小さな雲に紛れて、
天馬の姿は、もうわからない。
ペットボトルの中は、花も、葉も、根も残らずに、
半分くらいの、水があるだけ。


 しゅぅ ざささ…
  しゅすぅ ざささ…
   しゃしゅぅ さざざ…


風の音も、波の音も、いつまでも、いつまでも、
海馬と同じに、ないていた。










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