桜の花が咲く頃に、毎年、ここで・・・
「毎年・・・・・・・・・か・・・」
俯いて自嘲気味に笑うと、
花弁を掴んだ風が、すり抜け様に詩乃の髪を纏う。
夜風に、冷たい芯が抜けて間もない夜。
月の光は、街灯の白色に紛れながら、
それでも確かに、薄紅色の花弁を照らす。
春の夜。
人通りのない桜並木。
広く取ってある歩道に車を停め、
ゆっくりと、花弁に埋もれるように、
風を楽しみながら歩く。
ザアァァ…
一際強く吹く風の中に、
面影が、掠めた気がして、
振り返ると、和服の人影。
髪の長い、線の細い女性。
長い髪に隠され、俯いた顔は見えない。
『会いたや、会いたや、まだ来ぬや・・・』
ぞくっと、身が竦む、
その気配に気付いたかのように、
人影は、僅かに顔を上げる。
風に揺れる長い髪は、
まだ、その顔を隠している。
『待ち人は、まだ来ぬや?
愛しい人は、何処・・・?』
ぞっとする光景から、目が離せないまま。
「人を、待って・・・?」
飲み込まれそうになるのが、ただ怖くなって、
ほとんど無意識に、詩乃はきいた。
『彩華は、あのお方に、会いたや。」
長い髪に覆われたままの顔を、
まっすぐに、詩乃に向けて、
『もう一度、会いたや・・・』
「そんなの、だって、待ってるだけじゃ・・・」
声が、上擦って擦れる。
どうして、何がこんなに不安なのだろう?
『それならば、あぁ、ならば、そう・・・』
僅かに首をかしげるようにしてから、
右手をこちらに差し出すように、右腕を上げる。
こちらへ。と、招くように。
引き寄せ、引き込むように・・・
「・・・っ」
息が詰まるような緊張に、
思わず一歩後退ると、ふぃと、風が吹き、
初めて、その口元が覗く。
淋しそうに笑うように、
弧を描いた、紅く薄い唇・・・
ふっと、小さく、けれども確かに笑うと、
彼女は、腕を下ろし、まっすぐに立った。
ふぅっと、二人の距離が伸びたかのように、
詩乃の緊張が解れる。
柔らかに涼しい春の夜風は、花弁を舞わせ、
白い光に、薄紅色の淋しさが漂う。
『華が咲くなら、想いは裂けて、
華が散るなら、我が身は散りぬ・・・
会いたや、会いたや、まだ来ぬや・・・?』
淋しそうに、詩乃を見つめ、
不意にくるりと振り返ると、
解けるように、彼女は消えた。
ざっ…
と、一際大きな風が吹き、
大量の花弁を巻き上げる。
その様を、呆気にとられて見上げながら、
『会いたや、会いたや』
声が、耳に残る。
夜空と、月と、街灯と、一面の花弁と、
それらの中で、また、一緒に・・・
「・・・なんだかなぁ。」
無数の花弁が作る、影の中に、
過去が、幻となって映った気がして、
左右に首を振りながら、車に戻る。
冷たさの抜けた夜風は、
柔らかく、けれど、まだ、涼しくて。
花弁と、月光の白に、夜空が映える。
一人で桜を見たのは、何度目だっただろう・・・
ぼんやりと、そんなことを思いながら。
花吹雪の中、詩乃はゆっくりと帰途に着いた。