『始まり』
突然の爆音に、俺は飛び起きた。 爆発?何の騒ぎだ? こんな平穏な都心で? いや、こんなことは、 よくあることじゃないか。 今日もまた、物騒な一日だ。 いいや、そんなはずはない、 昨日までは、あんなにも平穏な日々が続いて… 昨日も、敵の攻撃は続いていた。 そして今日も、土埃と、 硝煙の臭いに埋もれて、 ただ生きるためだけの一日が始まる。 違う!昨日も、その前も、もちろん今日も、 少なくともこの国は、平和だったはずだ! いいや、この世界に、 平和なんでものはない。 世界の歴史は、戦いの歴史。 人間の記録は、戦争の繰り返し。 なぜだ?なぜ、よりによって… 今日は娘の誕生日のはず、 妻はケーキを焼いて、俺は仕事を早めに切り上げて、 あの子の喜ぶ顔を眺める日だ。 目の前の敵を倒さなければ、 俺達が、勝ち続けなければ、 娘の笑顔どころか、 姿そのものさえ、見られなくなる… 違う、違う。そんなはずはない! 平和呆けといわれようと、 政治が腐っていようと、 俺達の生活は、確かに平穏で、 あの幸福は、確かにこの手にあったんだ! 拳を握りしめ、自分自身の手を見下ろすと、 ただ、現状だけが、確認できた。 妻と娘は、戦火の及ばないところに、 ほかの人々といる。 戦わないものは、目立たない奥地で、避難生活をするしかない。 俺はもちろん、兵役に駆り出されている。 軍役に就くことは、この世界のどこの国でも、成人の義務だ。 家族には、数ヶ月会っていない。 だが、確かに、娘は昨日、 誕生日のプレゼントをほのめかした俺に、 期待で、きらきら光った瞳を向けて… あの子は、この俺に向かって、 笑いかけていたのだ…! けたたましいサイレンの音に、思考を中断される。 出撃命令だ。 ほとんど条件反射で、飛び上がるようにして粗末なベッドから降り、 手早く身支度を調えると、すぐさま俺は駆け出した。 知らない。俺はこんな生活は知らない! この、俺の体は、俺のこの手は、 いつの間に、こんなにも馴染みあるものとして この動きを覚えているんだ…? 右の手には、冷たい、金属の感触。 手に馴染んだ感覚と、非日常的違和感が同時に去来する。 バタバタと集まってきた面々の中には、 腑に落ちないような面持ちの者も何人かは居た。 けれど、それでも誰もが知っていた。 戦うことをやめれば、生きてはいけないのだ。 昨日までは、パソコンの画面に向かって、 ただ座っているのが勤めだったのにな… 頭の片隅に、一瞬よぎった記憶を、 留めておく余裕なんてなかった。 人の世が始まったその時から、 世界は、永遠の戦火に包まれ続けている………