『−宴−』
歌って 踊って 笑って 笑って きょうもあたしは 生きている 爆音と歓声。 ただそれだけが、生活の刺激。 一口の水を得るのにさえ苦労しながら、 けれどあたし達は笑い続けて生きてた。 社会不適合者への粛正。 迷える若者達の保護。 非住居地区の治安維持… 大人達が、あたし達を捕まえに来る理由は、たぶんそんなところ。 実際に聞いてみたことはないけれど、 とにかく、好き勝手にやっているあたし達が、気に入らないんだろう。 「今日は何人っ?」 立ち込める砂埃に目を凝らしながら、見張りだったタツに呼びかける。 廃墟のベランダの手すりにもたれるようにして、 何人もの仲間たちが、同じように見下ろしてた。 ケンの地雷原を抜けた大人は、今のところ一人もいない。 ここには他にも軍人避けのトラップがあって、そのどれもが、 専門の担当者が、ただ一つの生き甲斐のように丹念に仕掛けている。 「3人だ!あいつら窮屈な軍服なんか着てるから余計トロいんだろうなっ! どいつもこいつも、大して進まないうちに引っかかりやがる。 この程度の奴等なんかを何度もよこすなんて、国もどうかしてるぜ!」 大声で笑いながら、タツが返す。 どっと、皆が笑う。そして、それに続く歓声。 眼下の視界が開けて、黒く微かに艶光りした、なにかの破片が姿を現す。 ほんの一瞬だけ、息を飲むような沈黙があって、 けれど私達は、次の瞬間には笑いと歓声を上げる。 「やってやった!」 「ざまー見ろ!」 口々に、勝利の声が上がって、皆お腹の底から笑い合った。 あたし達の毎日は、こうやって過ぎていく。 ひとしきり楽しんだ後には、それぞれが、その日の食べ物や飲み物、 必要なものを確保しに行く。 明日生きているかどうかなんて、誰にも解らないから、 明日の分まで持って来ることはしない。 いつからそうしているのかなんて、忘れたけど、 あたし達は、ここでそうやって生きている。 「ねぇ、サヤ。歌ってよ。」 思い思いに数人で集まっての夕食。 原野の部族のお祭りのように焚き火を焚いて、笑った。 部屋中、たくさんのロウソクに灯をともして、笑った。 真っ暗闇で、ぼんやりと空に浮かぶ月や星を見上げて、 あたし達は際限なく笑った。 それぞれが食事をとると、誰からともなく音楽が始まり、 誰ともなく歌い出し、そうこうしているうちに踊りの輪が出来る。 やがて、一人また一人と眠りにつき、朝日と爆音に飛び起きて、 愚かな大人の死に様を笑う。 そんな毎日を、あたし達は笑いながら過ごす。 ナオに頷いて返し、あたしは立ち上がって歌いだした。 1フレーズ目が終わる頃には、自然と身体がリズムに乗る。 何もかも忘れて、音楽に身を任せるように、 歌って、踊って、揺れながら笑う。 本当は、この瞬間がいちばん心地いい。 どうでもいい大人が死んだからと笑っても、 実は楽しいから笑っているわけではないんだって、 歌っているときだけは、そう思う。 そう思って、すぐに忘れて、また、歌と踊りに夢中になる。 何もかもが、どうでも良くなって、あたしは、大きな声で笑った。 爆音で目を覚ます。 太陽は、もう、空の真上に上がっていた。 爆発に続いて、発砲音。 2種類の、銃の音。 侵入者にトラップだけでなく銃が必要になるなんて久しぶりだ。 あたしはいつものように飛び起きて、ベランダに駆け寄り、手すりにもたれる。 あちこちに、同じように寝起きの野次馬仲間が顔を出す。 「あ〜あ」 砂埃が晴れて、誰かがつぶやいた。 「シュウっ!」 甲高い、悲鳴のような声。 気不味い沈黙。 駆け寄ったりするものは、誰もいない。 まだ、危険があるかもしれないから。 半身の無くなったシュウの遺体の側には、手や足を無くして、 いくつかの小さな点から、遠目には黒にしか見えない血を流した軍服が転がってた。 お手柄なんていうヤツはいない。 あたし達は、軍人とは違うから。 あ〜あ。残念だったね。 心の中で、そうシュウにお別れを言って、 あたしはちょっとだけ苦笑した。 思い思いの沈黙が支配する空間で、 こんなときでも、やっぱりあたしは、 泣くよりも笑うんだなと、どうでもいいことを考えて。 皆で手分けして、軍人の死体の処分と、 シュウのお墓作りをした。 誰かが、なんでお墓なんて作るの?と聞いて、 誰かが答えた。 「だって、オレが死んで何にも残らなかったらやじゃねーか。」 子供のように、そういった声がおもしろくて、 あたしはまた、こっそり笑った。 笑いながら、頭の隅で、あたしが死んだときは、 なんにも残らない方がいいなと、ぼんやり考えていた。 あたしはきっと、自分が死ぬときも笑うだろう。 ほんの短い黙祷以外は、お葬式のようなことはしなかった。 そんな形式に従う人が、あたし達の中にはいなかったから。 シュウのお墓を囲んで、あたし達はいつものように、それぞれ夕食を摂った。 黙祷の頃にはしんみりしていたコ達も、日が暮れる頃には誰も泣いていなかった。 「ねぇ、サヤ、歌ってよ。」 いつものように、ナオが言う。 「いいよ、じゃあ、一緒に踊ろうよ。」 いつものように、笑ってあたしが頷く。 シュウのお墓を囲んで、あたし達は、いつものように歌って、踊った。 お祭りみたいに、焚き火をして。儀式みたいに、輪になって。 半分だけになったシュウを捧げられるのは、どんな神様だろう。 ナオにそうきいてみたら、ナオは楽しそうに笑って、 きっと、あの焚き火を燃やしてくれてる、火の神様だよ。と炎を指さした。 あたしは笑って、でもその考えが気に入って、 炎の神様とシュウの歌を歌おうとしたけれど、 巧い歌詞が思いつかなかったから、鼻歌でごまかしてステップを踏んだ。 みんなも、もうすっかりいつものように笑ってた。 明日目覚める爆音の中に、自分がいるかもしれなくても、 あたし達は、笑って過ごすことを選んでた。 焚き火のはぜる音と、所々で上がる、小さな歓声が、 夜のうちは、世界の全てだから。 あたしは何もかもを、歌のリズムに任せた。 歌って 踊って 笑って 笑って やっぱりあたしは 生きている