『ただその変化の行く末を』
私は、この世界を見定めよう。 いつの日か、その全てを見極めよう。 この世界が変わったことに、気づいた人間は、少ない。 そして、それを憶えている人間は、さらに少ない。 私は、運がよかったと思う。 私個人についてだけ言うなら、 変化は、ごくわずかだった。 あの日の朝、目覚めた時、 私はそれに、気付き損ねそうになったくらいだ。 あの朝、朝刊の一面を見て、 また戦争が始まったのだと思った。 そして、何かが引っかかった。 ー違和感… なぜ、開戦の記事が、こんなにも政治一色なのだろう? 犠牲者について、こんなにも軽んじられているのだろう? 解説されているのが、勢力分布や、兵器のことしかないのだろう? なぜ? 疑問が湧き上がると同時に、 奇妙な既視感。 だがこれは、今までどおりだ。 覚醒に近い眠りの中で、 夢を見ているような感覚。 ここにいる私と、 ここではない存在の私。 奇妙な、現実感。 奇妙な、非現実感。 私は一度新聞をたたむと、 パソコンを立ち上げ、 憶えている限りのことを打ち込んだ。 この新聞の先を読んだら、 この記憶は消えてしまうだろう。 そして、この記憶を、 この手で書き出したら、 私は、発狂してしまうかもしれない… とっさの行動だった。 なぜそんなことをするのか、 私自身にもわからなかった。 …わからなかったが、それでも、確かに……… 根拠のない不安。焦燥。微かな恐怖。 けれど、活字にすることで、 確かに得られる、確信。 消えそうになる、記憶の切れ端をかき集め、 繋ぎ合わせてゆくように。 憶えている 世界を この世界との 相違を 今感じている違和感の その 断片だけでも… ひとしきり打ち込んだ所で、やっと落ち着いた。 そして気づくと、その作業の半分近くは、 全く別のものを入れられていたパソコンデータの復旧作業ともいえた。 昨日までは、私の全てだった情報。 今は、この世界には存在しない情報。 曖昧な記憶を辿り、 確実なものと、そうでないものを分けながら。 わからなくなっては次に移り、 思い出しては前に戻り… 私はやっと、私の世界に確信を持った。 ーその、安心感… それと同時に、気を抜いた隙を襲うように、 記憶の全てを埋め尽くそうとするかのように、 瞬時に、情報の流れ込んでくる感覚。 この世界の、仕組み、常識、情勢、 私の知り得る、あらゆる情報… 私は、運が良かった。 熱にうなされた後のように、 いくらか朦朧とした頭で、顔を上げると、 そこには、先ほど気づいたこと全てがあった。 私は、今現在のこの世界の全てを認識した上で、 今までの世界の認識を、思い出すことができた。 世界中の、ほとんど全ての人間が忘れてしまった、 かつての、この世界を、 私は、思い出すことができた。 過去の記憶は、消えたわけではなく、 それは、現在の情報に埋もれただけなのだろう。 多くの人が、新たな情報に、過去を埋め尽くされ、 また、残った人のほとんどが、 僅かに表面に出た、記憶の欠片を、 混乱のうちに、逃してしまったのだろう… 私は、運が良かった。そう、思う。 時に私は、その過去の記憶に疑問を持った。 私自身の正気を疑うこともあった。 しかし、不安に駆られ、疑ってみたところで、 その過去を、否定することはできなかった。 やがて私は、ある一つの覚悟を決めた。 情報を集め、予測を立て、身を置く場所を定めた。 直接戦場に赴かなくてすむ所、そして、 世界の様子のわかる所。 私は、この世界の全てを知ろうと思った。 元の世界との違い全てを、見定めようと思った。 この世界が、どう変わったのか、 そして、もしも叶うなら、 この世界が、なぜ変わったのか、 それを、突き止めようと思った。 世界が変わったことに気付いた私が、 できることは他にないと思った。 あるいは、それを知らずに、 正気を保っている自信が なかっただけなのかもしれない。 私は、この世界を知ろう。 この世界を見定めよう。 いつの日か、その、全てを…