〜 ソウ 〜

   『それでも僕等はここしかなくて』








僕は、ここから逃げ出したかった。
どこか遠くへ、逃げ出したかった。



その日一日、友人との会話の端々に、
やけに違和感を感じた。

何でもないような、いつもの研修。
その内容にさえ、眉をしかめていた。

なにかが、おかしい。
そう思いながら、いつもの日常をこなした。
いつもどおりの日。頭ではそうわかっている。
なのに、今までと違う。何かが、違う。


どうして、友人達は、そんなに楽しそうに、
憧れ、夢見るように、戦地の話をするのだろう。

誰の笑顔も、今までと同じだった。
話しているのは、ありふれた話題だと知っている。
それでも、「そうすれば敵を殺せる。」と、
嬉しそうに話す姿は、何かおかしい。そう思わずにいられない。


何かが違う、それを、口に出すこともできず、
違和感は、少しずつ嫌悪感へ変わる。

自分で選んだはずの進路のはずなのに、
後悔さえもなく、否定が湧き上がる。



僕たちは、軍人になるのだという。
仲間達は、戦略についての抗議を熱心に聞いた。
武器の扱いの実習に、積極的に取り組んだ。
武勲を上げた大人を、羨望の眼差しで見ていた。
そうやって、僕たちは、軍人になるのだという。





   どうして、人々は争っているのか。





思わずにいられない、当然の疑問。
けれど、誰も、何も、その答えを持たない。

そして、その疑問を口に出したら、
何かが崩れそうな、曖昧な畏れ…


なぜこんなに、一晩の眠りに仕切られたかのように、
昨日と今日とで、世界が全く違うみたいに感じるのだろう。
今までも知っていたはずのことが、
どうしてこんなに、受け入れ難いのか。


いくら考えても、僕にはわからなかった。
いくら現実を見ようとしても、
違うと感じる気持ちは消えなかった。

誰かにわかってほしかった。
けれど、誰にも、わかってもらえそうにないと思った。
だって彼等は、あんなにも嬉しそうに、
戦争に勝つことばかりを論じている…


その日一日、全てのことに、やけに違和感を感じた。
ここが、自分の世界ではないような気すらした。
夜、宿舎のベッドに入る頃には、僕は焦ってすらいた。
何かが違う。これは違う。
その思いだけが、強く残っていた。
それ以外のことは、考えられなくなっていた。


ここは、僕のいる場所じゃない。
僕は、ここにはいたくない。

それだけが、いくら考えても何もわからない僕の、
ただ一つ出した答えだった。


行くあてはない。
生きる術さえ、ないかもしれない。

手近な荷物だけ、とにかくまとめて宿舎を出ると、
急に現実的な不安が押し寄せる。
けれど、戻ることの方が、恐かった。
何かが決定的にだめになってしまいそうで、恐かった。





   どうして、人々は争っているのか。





答えが見つかるとは、思えなかったけれど、
それでも、そんなこともわからずに、争えるとは思えなかった。

何かが違う。

違っていても、別の世界に抜け出せるというわけでもなくて。
ただ、違和感に顔をしかめながら、僕は、
少しでも何かを教えてくれるものを、探そうとしていた。







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