聖交路





その半分は真っ白な髭に覆われた温厚な顔に、
にこにこと優しい笑み。
冬の寒空の一隅に、暖かさを灯して、
サンタは今年も、空を行く。





「やぁ、ごちそうさま。
 おいしい紅茶だったよ。クッキーも。
 君が作ったのかい?」

席を立ち、上着に袖を通しながら、サンタは言った。
私も、椅子から立ち上がり、首を横に振る。

「いいえ。でも、来年は手作りのケーキでおもてなしします。
 どうぞ、来年もいらしてください。」


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眠れない、クリスマス・イヴ。
子供の時に、興奮しすぎて寝付けなかったのとは違う、
静かで、暗い聖夜。

暗い部屋のベッドの中で横になっているのに耐えられなくなって、
部屋を出て、キッチンへ出たら、背後から声をかけられた。


「メリークリスマス、お嬢さん。
 プレゼントのリクエストを聞き忘れていたね。
 あり合わせのもので申し訳ないが、
 受け取ってもらえるかな?」

振り返ると、サンタクロースがいた。
白いふわふわした縁取りの、真っ赤な服と帽子。
恰幅のいい体付きに、真っ白な髭。
冬の日に、家の中に暖炉が燃えていたら、
きっとこんなふうに暖かいのだろうと思わせるような、
優しい微笑み。

毎年待ちこがれていた子供時代には、
ついに会うことの無かったサンタが目の前にいた。

「あぁ、お嬢さん。
 年に一度のクリスマスに、願いを聞き忘れたのは大変申し訳ないが、
 どうか、どうか、怒らないでおくれ。
 こちらも、世界中の願いを聞いて、
 世界中にプレゼントを配らなければならないのでね。
 たまには手落ちもあるものだよ。」

呆然と立ちつくす私に、サンタは諭すように言い続けた。
その声、その仕草、一つ一つがいいようのない暖かさに満ちて、
私は、いつの間にか、涙を流しながら苦笑していた。

「ねぇ、サンタさん。
 私は、プレゼントをもらえるほど、
 よい子でしたか?」




シュウシュウとヤカンの中で音を立てるお湯を、
茶葉を入れたティーポットに注ぐと、
紅茶の匂いの湯気が、ほんわりと顔を包む。



「少し、休んで行かせてもらえるかな?
 リクエストを聞かなかったお詫びに、
 とっておきの話しをお聞かせしよう。」

手袋を外した手を、ぽんと私の頭に乗せ、
少しかがんで、目線を合わせ、サンタは微笑んだ。



「あり合わせのもので、申し訳ないですが…」

2つのティーカップに紅茶を注ぎ、
戸棚から出したクッキーをお皿に並べる。
人がいるというだけで、お茶を入れるのも楽しくなる。

「あぁ、どうぞお構いなく。
 いや、いい香りの紅茶だね。
 ありがとう。」

満面に暖かな笑みを浮かべたまま、
サンタは話しかけ続けてくれた。


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「申し訳ないが、そういうわけにもいかないのだよ。」

始めて、顔から笑みを消して、
本当にすまなそうに、頭を下げるから、
私の方が、慌ててしまう。

「あ、いえ、ごめんなさい。
 あの、お気になさらないでください。
 そうですよね。 お忙しいですものね。
 今日は本当に、ありがとうございました。」

ぺこり、と頭を下げると、安心したような、
でもやっぱり、申し訳ないようなため息がした。

「そうじゃないんだよ、お嬢さん。
 私は、どんなときでも、
 次の約束をすることはできないんだ。
 私は、そういうふうには
 確かな存在になってはいけないんだよ。」

頭を下げたままの私の顔を
のぞき込むように、屈んで、
サンタは、話しかける。

今夜最後で最高の、
聖夜の夢物語。


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ねぇ、お嬢さん。
人間はね、この世の中のいろいろなことを
解き明かすことで進化してきたんだ。

様々な、自然のしくみや、物理の法則、
ものの見方、考え方なんかをね。

今や、人間はこの星の至る所に溢れて、
世界中の全てを知っているかのように振る舞っている。

けれどね、本当に人間が
全てのことを解き明かしてしまったら、
この世界は止まってしまうのだよ。

人の知らない不思議が、この星から消えたら、
この星は、地球の心は、死んでしまうんだ。

だってそうだろう?
君だって、誰か他の人に、
君自身の全てを解き明かされてしまったら、
どうして生きていけるね?
どうして、自分で未来を描けるね?

だから、世界は、不思議を作り出し続けるんだ。
人の力では、とうてい解き明かせない、
けれど、この世界に確かに存在する不思議をね。

神も、悪魔も、天使も、私や、あの赤鼻のトナカイも。
おばけや、宇宙人なんかもそうだな。
みんな、世界のバランスを保つために
この星が生み出した不思議なんだ。

もっとも、私は彼らに会ったことがあるわけではないけれどね。
だが、私自身がそうなのは確かだから、
きっと彼らも、少なくとも似たようなものではあるだろうよ。

だから私は、確かな存在にはなれないんだよ。
人間達のうちの誰かが、私のことを解き明かすまでは、
来年も、同じようにプレゼントを配るだろうけれどね。

今年人間が世界の一部分を解き明かした分、
こうやって私が、不思議を撒き散らすのさ。
また来年も、様々な不思議を含んだこの世界が、
多くの未来を描けるようにね!


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明るくウィンクをしたサンタの顔が、
ベッドの中で目を閉じても消えなかった。



シャン シャン シャン

微かに、鈴の音を聞いた気がして、
思わず空を見上げる。
雪のようにふってきそうな星空に、
一瞬、赤い光の軌跡が流れた気がした。

「メリー・クリスマス」

小さくつぶやきながら、
そっと、願いを送る。
優しいサンタへの、来年のプレゼントのリクエスト。


来年の、クリスマスは………






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