「で、これをどうするか…」
書き上がった文面を読み返し、
誤字がないことを確認して、
満足そうに頷いた直後に、
あたしは途方に暮れた。
よくあることである。
薄紙の便箋に、丁寧な字で、
思ったことをそのまま書いた。
その、満足感と、
このまま捨てるのでは惜しいという愛着と、
人に見せるには、あまりに私的すぎるという理解と…
「どうにも、不器用でおかしなことしているよねぇ…」
どうして、書かずにいられないのか。
世間話と愚痴の長電話のようなものである。
自分の内から出さないままで、
消化することができなくて。
だから、話す。
だから、書く。
だから、現す。
それだけのことで…
「あなたが好きです。」
「あなたが嫌いです。」
そういったところで、相手に対して何が変わるわけではない。
好きだから、嫌いだからだけで人付き合いを決められるほど、
無欲でも、勇敢でもないと、あたしは自覚している。
ほんとうは、
どう思っている相手にでも、
好かれたいのだから。
そして、ただ自分の思ったことを伝えた所で、
根本的な所では、相手には関係がない。
もしかしたら、
それは、ただの言い訳。
「ここで丸めて捨てたら、
確実に消化不良起こすしなぁ…」
苦笑しながら。
気持ちを、抱えているのが辛いのだ。
そこに、囚われているのが苦しいのだ。
だから、吐き出す。
だから、手放す。
だから、切り離す。
けれどそれが、本当に自分から離れるには、
少し時間がかかる。
直ぐに完全に消せるようなものなら、
元から、それほど残りはしない。
書くことで、終わったのだと認識して、
そこから初めて、忘れてゆく。
そうやって初めて、ほぐれてゆく。
「結局、ここの整理もなかなか…」
机の一番下の引き出しを開けて、
紙束の一番上に、先ほどの紙を重ねる。
綴って忘れていった、過去の思い。
読み返して、一瞬、何のことだか考えてしまうようなものは、
思惑が成功したといえるだろう。
そうして、区切りをつける。
そうして、乗り越える。
そうして、忘れる。
抱えたままでは、先を臨めないから。
なんていうのも、強がりかも知れないけれど。
古いものを少しずつ捨てて、
書いたものを、1枚ずつ積み重ねて、
そうしてゆくうちに、いつか、
ふわりと、なにもかもがほどけることを、
願うように、夢見るようにして。
「しゅうりょう〜」
ぱちんと留め具を掛けて、
紙束を引き出しに戻す。
それでもう、お終い。
それだけで、お終い。
自己暗示のように、過去を閉じこめて、
未来に手を伸ばすみたいに、机を離れる。
そんな、飾ったイメージも、
重荷から離れるためのコツなのかも知れない。
他人事のように思いながら、
あたしは、今日の予定に思いを馳せた。
片手でペンを弄んで、
足取りは、確実に軽くなっていた。