小さな夢物語


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   始めて読んだ冒険物語の勇者様は、好きじゃなかった。
   強くて、格好良くて、正しくて。
   強情なくらいに正しくて、好きじゃなかった。

   静かな物腰で、いつも冷静な魔術師や。
   おどけたり、ズルくたり、抜け目ない盗賊の方が、
   大切な、特別な人を、大事にしてくれるもの。
   やさしく、側にいてくれるもの。
   いつも、一番最初に「正しいこと」がくる勇者様は、
   すきじゃなかった。

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「わっ」

よろけた拍子に、つい声が出る。
大したことはないんだけど、ちょっと大げさに叫んでしまうのは、
クセのようなものだから、まぁ、仕方がないのだけれど。

「大丈夫?」

前を歩いていたその人が、間髪入れずにきく。
やっぱりなぁ…しまったなぁ………

「はい。すみません。大丈夫です。」

過保護なほどに、気にしてくれるのは嬉しいけれど、
だから、心配をかけたくないっていうのもある。
優しくて、真面目な人っていうのをそのまま形にしたような人。
腕も確かだし。
仕事で、こういう人と組めるのは、かなり運がいい。
でもだから、私が負担になるようじゃ話にならない。
これは、私のプライドの問題だけれど。

「気をつけて。」

少し遅れた私を振り返って立ち止まったまま待ってくれる。
この辺は、こちらの気持ちを気遣ってのことなのだと思う。
必要なとき、必要なだけ。
それ以上の手助けはない。
私も彼も、この依頼を受けたということに対しては平等だから。

「ありがとう。」

小走りに駆け寄って、お礼を言う。
彼は、微笑んで頷いて、また歩き出した。
陽の光を思わせるような、その笑顔が、ちょっと心強い。

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依頼は、よくあるものだった。
小さな街の近くの遺跡に住み着いた、モンスターの排除。
冒険者なんて生業の身にしてみれば、一番単純な仕事。
簡単かどうかは、その時によるけれど。

何も考えずに家を飛び出して、
なんとか、冒険者になってから、
一番多く受けた仕事内容は、これだと思う。

いろんな人に会って、別れて、何とかやってきて、
きっとこれからも、こんなふうに生きていくのだと思うし、
それでいいと思う。

そのとき、ちょうど、私は、パーティーを組んでいなかった。
冒険者の中には、同じパーティで何年も冒険を続ける人たちも多いけれど、
どういうわけか、私はなかなかそういう仲間が見つからない。
もっとも、期間は短いけれど、いいタイミングで、
毎回いい仲間達と組めているのだから、かなりの幸運ではあるのだけれど。

そろそろ、ちょっと仕事がしたくて寄った冒険者ギルドで、
手頃な仕事として出てきたのが、今回のモンスター退治。
話を聞く限りでは、確かに手頃だけれど、
ちょっと一人ではキツイかなと思ってた所へ来たのがこの人。

見たところ、私なんかよりもかなり高レベルの冒険者。
たぶん、ファイター…だと思う。
単にファイターというよりは、戦士といった方がしっくりくるかもしれない。
身のこなしに隙がない。
たぶん、彼にしてみれば、この程度の仕事では能力に合わないと思う。
小さな臨時パーティー結成の握手の後で、そうきくと、
「他に、適当なものもないから。」と、ちょっと困ったように笑っていた。

その遺跡のある森に入って、しばらく歩いた辺りで、
私は、今回も仲間に恵まれたのだとつくづく思った。
辺りへの気の配り方、歩き方一つとっても、この人は、本当に隙がない。
私が、安心して気を抜いてしまわないようにするのが大変なくらいに。

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遺跡につくまでの間、森の中を歩きながら少しだけ、
彼は自分のことを話してくれた。
沈黙が嫌だったのかもしれない。

お父さんが、戦士だったこと。
戦って死んでしまったお父さんを、誇りに思っていること。
お母さんも病気でなくし、孤児院で育ったこと。
お世話になった人たちにあこがれて、冒険者になろうとしたこと…

それは、ありふれた夢で。
私と、似たような夢で。
私も、少し、今までのことを話した。
お互いの夢を、少しずつ話しながら歩いた。

彼の顔は穏やかで、私は、この夢をずっと追っていけるという、
不思議な安心感に満たされた。
彼との旅が、今回だけでなく、この先も続いたらいいかもしれない。
そんなことを、思ったりもした。

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遺跡の大きさは、大したことなくて、作りも単純だった。
それでも、もちろん、慎重に中へ進む。
薄暗い遺跡の中を、微かに、足音が響いた。

なんの気配もないまま、私達は進んでいった。
外観の広さから判断して、そろそろ最奥だろうというところで、
前方から、微かな息遣い。
それに、微かな、明かり…

細い通路が開けて、部屋にでる。
明かりは、薄暗い程度で、充分ではなく、光源もわからない。
こちらの松明では、部屋の奥までは照らせず、
奥にいるモノの姿は見えなかった。

暗い遺跡の中でも、彼の暖かさが伝わってくるようで、
なんだか、安心感があって、
私に、甘えはあったと思う。
でも、そうでなかったとして、私になにかできただろうか…?

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それは、悪夢のように、どこか現実味がなかった。
薄暗い遺跡の中で、正体の分からないモンスターと向かい合っているのに、
本当は、まだ、明るい陽の射す森で、くつろいでいるように…

明かりを私に渡して、慎重に、彼が奥へと進む。
少し距離を置いて、私が続く。
奥にいるものは、動かない。
微かな息遣いだけが、遺跡中にこだましているようにすら思えた。

何が起こったのか、私にはわからなかった。
そこにいたものがなんなのかも、結局わからなかった。
私の横を、吹き飛ばされるように転がってゆくのが彼だということも、
一瞬、わからなかった。

目の前にあった、広い背中が、急になくなって、
それまで、私を包んでいた、安心感が、消えてしまって、
私はやっと、状況の、ほんの一部を理解した。

何を叫んだのかは、覚えていない。
にじむ視界で、必死に彼を探して、
背後にもかまわず、駆け寄った。
必死に、手を伸ばして。
そのぬくもりが、失われていないことを確かめようと、
もう一度、そのぬくもりに、しがみつこうとして。

そして、やっと、また、もう一度、
それは、すぐに消えてしまったけれど、
彼の笑顔が、見えた…

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   勇者様は、好きじゃなかった。
   嘘みたいに、強くて、
   夢のように、格好良くて、
   正しくて、あり得ないくらい、正しくて。
   きっと、最後には、旅立つことを選んでしまうから。
   私の側にいることを、選んではくれないから。

   好きに、なれなかった…



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