「最期に思い浮かべるのが、あなたの顔なら、
私は、幸せだと思う。」
その人は、私をまっすぐ見据えてそういった。
風になびく髪が、何とも儚げで、
本当に、このまま、
消えてしまいそうだと、私は思った。
何か言おうとして、言葉が見つからない私が、
身じろぎするのを遮るように、その人が続ける。
「あわない。というのは、わすれるということで。
ふれない。というのは、はなれるということで。
ただ、そのぬくもりだけは、
この身体の奥底に、奇妙なほどに、
染み着いていて、離れなくて、
何度も、何度も、思い出しては、
ただ、一人でないている。」
そう、その人が言うのを聞いて、
私が思い浮かべた人と、
そういっている、その人自身が思い浮かべている人とは、
果たして、同じだったのだろうか。
呆然と立っている私に、
困ったように笑いながら、
「でも、追いかけることも、できないから。
そういうわけにも、いかないから、さ。」
風が、その人の髪をすくい上げる。
目を細めながら、その光景を見て、
ただ、この人は、行ってしまうのだと、
それだけ思った。
「だから、…っていうわけじゃないけれど、
最期に思い浮かべるのが、あなただったら、
少なくとも、惨めではないじゃない?」
風の音に、声を乗せるように、
その人は笑った。
つられて、私も笑って、
その背中を、ぽんと叩いた。
髪をなびかせる風のように、
背を押す力になることを、
こっそり祈って。
風にのって、
その人は、遠くへ…
あなたの最期の時に、
私は、思い出されるでしょうか?
それが、私の顔でなくても、
背を押した、この手か、
せめて、あなたを乗せた、
あの風かを。