white witch


あれも、これもと、手を伸ばすために、
切り捨てた、ものがある。

白い服を着たのは、周りから浮き出るため。
細かな色の雑踏に溶け込んで、消えて、
自分がわからなくなるのが嫌だったから。



「本当に、お前は欲張りな女だよ。」

以前夫だった彼は出会った頃と変わらぬ笑顔で言った。

この人の、こういうところが、
私は本当に好きだった。

私はここで、多くのものを得たし、
その後、ここを出ることすら許された。
この人は、私を認めていた。
だからここは、居心地がよかった。

「盗賊の妻なんてさせられたからよ。」
「おいおい、俺のせいかよ。」

距離を計るような会話。
笑顔は建前で、けれどそれは、
もっと深い優しさを、覆い隠している。

この人は、いつも、こうして、
私がいきることを、許してくれる。

重荷にするのが嫌だから、
感謝の思いは、外へは表さない。
それは、始めの頃からの、お互いの不文律。
彼にきいたわけではないけれど、きっと…。

「いつでも戻ってこい?
 我が盗賊団は、いつでも団員募集中だ。
 若い男に飽きたら、ここに戻ればいいさ。」

「あなたこそ、どこかで若返りの秘薬でも盗んで、
 私を引き留めてみたら?」

余裕の、極上の笑みで、挑発するように。
今更この人に、こんな虚勢じみた真似が
どれほど通じるのかはわからないけれど。
自分で進む道を決めた、決意を表すように。

「…はは」

力無く笑って、髪を掻き上げる。
きっと、この人と私は、
よく似ているのだろう。

生き方の姿勢が。
人間の、根本的部分が。

「ばかね…」

その言葉は、
私自身を、評価するようでもあって。
だから彼も、顔を上げて、
真っ正面からこちらを見る。

「バカを承知で、何年一緒にいたんだ?」

余裕を取り戻した笑み。
この瞳に、何度背を押されただろう。
この瞳を保つために、私は
この人を支えてきたのだろう。

「もう、いい加減、
 私がどんな女かなんてことくらい
 わかっているでしょう?」

自然と落ちる視線の端に、
一瞬、すっと真顔に戻る、彼の瞳が見えた。
こぼれる弱音を飲み込めないことを、
見越しているかのように。

「私はきっと、
 彼も、裏切るわ。」

どれほどの恩を受けても、
どれほどの想いを捧げられても、
私は、私であることを、
ただ、私であろうとすることを、
やめることはできないだろう。

求めることを、知ってしまったから。
とどまることには、耐えられないから。

「まぁ、そこがお前の魅力だろ。
 解ってって引っかかるんだ。
 上手く手玉に取っとけ。」

ただ、何もかもを、許す笑み。
私は、ここにいすぎただろうか?
この心地よさに、頼りすぎただろうか…

今度の弱音は、なんとか飲み込んで、
顔を上げて、微笑みかける。

「いつでも、戻って来ていいぞ。」

もう一度、彼が言う。
めったに見せない、真剣な顔。

「そうね、またいつか、
 私の進む道の上に、あなたが現れたら。
 私が、そうありたいと思ったら。
 そうあるだけのことを、なす事ができたら。」

笑ってうつむいた彼は、
きっと本当に、いつまでもここで、
いつ私が戻ってもいいようにしたまま、
彼という、1人の人間として、
多くのことを成すだろう。

そして、このささやかな平和の情景が、
また何度も、私の背を押すだろう。

「ありがとう」

伝えたいけれど、聞かれたくなくて、
小さく小さく囁いて、
私は彼の前から去った。


旅立ちの日。
それは、いつでも、
どこか同じようで。

私はまた、許され、いかされ、
進み続けることを、選び続ける。


私に、何が成せるのか、
私は、どこまで、行けるのか。
試すように、いつまでも…



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