a window frame


そういえば、ずっと
窓ガラスを通してしか、
空を見ていなかった…


お茶のおかわりをするために席を立ち、
窓の外を見下ろすと、
今日もあの人は、
こちらを見上げて笑いかけていた。

窓ガラスに遮られて、
声は聞こえないけれど、
その唇の動きは、
「ここへおいで」と
言っているように見えた。

あの人の笑顔は、
本当にすてきで、
春の日差しの中にいてもなお、
あの人の周りの空気だけが
もっと暖かく、心地よいのではないかと思わせた。

あの人は本当にすてきに見えたし、
正直に言えば、あの人を好きだったけれど、
でも、それでも、窓を開けたことは、一度もない。

窓の外、眼下で微笑むあの人が好きだったし、
この場所が、安全であることを壊すようで、
窓を開けるのは怖かった。

毎日、毎日、窓の脇に立って、
外にいるあの人を眺めていた。
毎日、毎日、窓の外で、
あの人は、こちらを見上げ、
微笑み続けていた。

ある日、いつものようにお茶を飲みながら、
あの人の笑顔が見たくなって、窓に近寄ると、
目の前を、すっと白いものがよぎり、
地面に落ちて、あかくなった。

あかくなったものの傍らには、
あの人が立っている。
いつものように、こちらを見上げ、
あの、笑顔を浮かべるのではなくて、
あの人の視線は、あかいものに向けられていた。

あの人は、変わらずあの場所にいるのに。
あの笑顔は、こちらに向けられていない。

眼下で、いつもと変わらず、窓の外に立つ、
あかいものを見下ろしたあの人を見ていると、
なんだか不安になった。

あの人は、あかいものを見下ろしたまま、
いつまでたっても、こちらを見上げない。
あの笑顔が、こちらを向かない。

心のざわめきが、最高潮に達する頃、
あの人は、そっと、ゆっくりと、
赤いものに手を伸ばし、身をかがめた。
ざわめく心が、跳ね上がる。
嫉妬とも、焦燥ともつかない感情に、
ふるえる手で、とうとう窓に手をかける。

微かに、サッシの擦れる音、
そして、辛うじて耳に届く、
あの人の声。
あかいものに向けられた、声。
日溜まりのような、やわらかな声。
慈しむような、声。

「やっと、きてくれた…」

あの人の視線は、こちらを向かない。
いよいよ跳ね上がった心を抱えて、
気付くと、手も、足も、頭も身体も、
窓の縁を、越えていた。

ただ、あの人の所へと…



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