宵夢々酔





…しゃらん

風の向こうで涼やかに、
鳴る音。

しゃらん…

夜空から降るように、
涼やかに鳴る音。

ふと足を止めて、見上げた空に浮かぶ月が、
ずいぶんと大きくて、濃くて、力強くて、
なんだか意外だった。

しゃらん

涼やかに、鳴る音。

シャラン

少しずつ、大きく。


『 シャンっ! 』




脳味噌の真ん中に、打ち込まれるような音に、
僕は慌てて飛び起きた。
辺りはまだ暗い。
カーテンの隙間から、微かに白い光が漏れる。

あれは、街灯の光だろうか?
それとも、月明かりだろうか…?

そう思ってみて、ふいに、
夢の中の、大きな、まっ黄色の月を思い出して、
なんだか、怖いような、気分が悪くなるような感覚に襲われる。

…シャラン

涼やかな、金属の音。
すぅっと冷たくなる感覚が、背中に広がる。

シャラン…

外からの光が、黄色みを帯びて強くなる。

シャン

ピンと静かに張りつめる、冬の空のように、
はっきりと、目の前で音がした。
細い金属のぶつかり合うような音。

そして、目の前には、淡く赤い光が浮いていた。

光は、ボクが気付いたのを確認するように、
ふわりと微かに揺れると、
すぅっと窓へ向かい、カーテンの隙間から外へでてしまった。

僕は、慌てて、窓に駆け寄った。
いつの間にか、「怖い」という思いは消えている。

シャッ

縋り付くようにカーテンの端をつかんで、
勢い任せに脇へ引く。

外の光は、すっかり黄色に、
少しだけ、金色を帯びたような黄色に染まっていた。

窓の真っ正面に据えられたように、
上の方が大きく欠けた、大きな月。

薄赤い光が、月のかけた部分を、
ふわり、ふわりと漂っている。
何かの、輪郭を描くように。
ふわり、ふわりと、
月の影になっている部分を廻る。

しゃらん

夜空に消えていくように、
微かに、金属の音。

シャラン

頼りなく飛んでいた光の奇跡に迷いがなくなる。
スッすぅ…
っと、線をなぞるように。
微かに残像を残して、少しずつ、速度を速めて。


『 シャンッ! 』




大きな、はっきりした、
けれども、けして耳障りではない音に、
一瞬、世界が止まる。

反射的に、目を開いた僕は、
天高く浮かぶ、真っ白な満月を見た。

まだ少し冷たい風は、
辺り一面を覆う青草の匂いがする。

起き上がって、身体を伸ばすと、
微かに関節が軋んだ。
薄汚れた毛布では、この季節の夜の大地の冷気を、
完全に防ぐことはできなかったからだろう。

しゃらん

耳の奥から響くような、この音はなんだろう?

シャラン

改めて、空を見上げると、白い光を放つ満月は、
その輪郭だけは、淡い黄色の光に包まれている。

シャラン…

風が吹く。
月を覆う黄色い光が、水滴のように雫を作る。

シャン

月から滲み出るように、薄黄色の光が、
月の下にふくらむ。

しゃらん

獣が、身体についた水を払うように、
月がふるえた。

シャン シャン しゃらん

こぼれ落ちた月光の雫は、
月から離れるにつれ、淡く赤みを帯びて、
夜空に微かに、軌跡を残した。

シャン シャラン…






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