時動式人生送
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さまざまな
時の流れの中で
笑いながらもがく
君たちへ
背中に羽を携えた、灰茶色のウサギが、
そう言って、短い前足をこちらに差し出す。
…夢を見た。
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「あ…焦ったぁ。
なんだ、止まってたのか。」
自転車を止めた信号待ち。
腕時計と携帯電話を見比べ、
しばらく腕時計を見て、
安堵のため息をつく。
信号が変わり、また自転車を走らせる。
死に物狂いで走らなければならない危機はなかったものの、
のんびりとはしていられない時間だ。
「電池かな。
壊れたんじゃなきゃいいけど…」
次の信号待ちで、止まった時計を外し、バックの中に入れる。
そのまま、これから始まる一日に意識を向けると
片腕の軽さも、気にならなくなっていた。
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長く感じる一日一日も、欠伸をしながら気付けば終わっていて、
週も、月も、年も、気付くと終わっている。
一日24時間。一年365日。
時間は、誰にでも平等に与えられている。
そんな、当たり前のことさえ疑わしいほどに、
月日が過ぎるのが、早いと思うようになった。
生き急いでいるのだろうか?
そうだとしても…
青緑の光を確認し、ペダルに乗せた足に力を込めた。
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窓ガラスを通して見る、青空というものは、
どうしてこんなにも、清々しく見えるのだろう。
手を休めて、画面から視線を外し、そんなことを思った。
自分の周りを照らすのは、蛍光灯の白い、薄い光。
力強い、外の陽光に惹かれはするけれど、
それでも、飛び出したくなるような衝動とまではいかない。
ただ、なんとなく、もったいない気がする。
ここでこうしている時間から解放されたからといって、
どれほどのことができるわけでもないのだろうけれど。
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時間が、飛ぶように過ぎる。
気付くと日々が過ぎ去っている。
生き急いでいるのだろうか?
そんなことを思いながら、
それでも、行くしかないと、
そう、生きられたらいいと思うようになった。
考える時間は、幸か不幸かたっぷりとあって、
物思いに耽りながら、選択を続け取捨をして、
そしてまた、どこにゆくだろうと、
考え続けるときには、必ずといっていいほど、
空を見上げている気がする。
見上げた空の雲、その、わずかな影を、
ウサギが、横切る…
なんの根拠もないまま、そのとき、漠然と、
絶えず、一筋を流れていた「時」が、
『動く』と、思った。
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僕らは、時を糧に生きている。
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「やぁ、やっとみつけたね?」
一瞬、視界から消えたウサギは、
視線を空から戻すと、目の前にいた。
現実が、遠退く感覚。
白昼夢。
魂が、心が、身体から抜けたかのように…
「こんにちは。」
目を閉じて、小さく深呼吸をして、
私は、ウサギに言った。
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「じゃあ、いってみようか?」
ふわりと毛の生えた前足を、ウサギが差し出す。
夢の情景、そのままに。
「 さまざまな
時の流れの中で
笑いながらもがく
君たちへ……… 」
夢の中で、ウサギの言った言葉が、私の口から漏れる。
風が、微かに、ウサギの羽を揺らした。
灰茶色の背に、ふわりと乗るようについた、
白い、羽。
この羽が、こんなにも真っ白でなかったら、
私は、現実から離れるのに、もう少し時間を要したかもしれない。
ウサギの手をとった、私の背に、
白い、翼。
背後からの風が、前髪を揺らす。
「世界を駆けめぐるために作られた、
風の翼だよ。」
誇らしそうに、胸を張って微笑みかけ、
ウサギが私に言った。
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月に背を向けて、太陽を追うように、
私達は、風に乗って、世界を巡った。
湿った、乾いた、冷たい、暖かい、強い、弱い、
世界中の、全ての風が、私達の背を押すように吹いた。
時々見上げた太陽には、
くるくる回る、3本の針がついていた。
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さまざまな
時の流れの中で
笑いながらもがく
君たちへ
両腕は、真横に伸ばし、
背中から吹き抜ける風をまとって、
くるくるまわる太陽を、時々見上げながら、
世界をめぐって、私は笑った。
何もかもが、ここにあり、
時間は、ただ、どこへともなく流れていった。
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星空に、純白の翼を放って、
変わらず風に乗るウサギを見上げる。
太陽の回転は、今日はもうここまでで、
月は、飛び立つときに追い越してしまったから。
夜空には、星しかなかった。
風は、もう、背中からは吹かないけれど、
それでも優しく、頬をなでる。
「このまま、いかないのかい?」
小さな優しい目で私を見つめ返し、ウサギが言う。
こんどは、その手を差し出さないで。
思案するように首を傾げて、
もう一度、真っ正面から、ウサギを見て、
私は、黙って頷いた。
満足そうな、ウサギの笑みを乗せて、
星々の間を、夜風が吹く。
白い羽が、宙を舞った。
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さまざまな
時の流れの中で
笑いながらもがく
君たちへ
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そして、時は、
再び同じ流れを進む。
風は、光と、音と、時間と、思いと、
世界中の全てを巻き込んで、
どこまでも、どこまでも、流れ続ける。
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止まった時計は、バックの中に入れたまま、
しばらくして、部屋の片隅に放り出した。
今日もまた、時に追われながら、ふと空を見上げては、
雲の白さを、あのウサギの羽に重ねる。
風に背を押され、ペダルが軽くなる。
吹き抜けるように、生き急ぐのならば、
どこにだって、行けるだろう。
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さまざまな
時の流れの中で
笑いながらもがく
君たちへ
誰かがそう言った。その声を聞きながら、
くるくる回る太陽の針が許す限り、
風になって流れる…
………夢を、見た。
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