誠誓叙勲


そのとき私は、
どうというわけではなく、
ただ、そう思った。

恐らく、私は、
彼等の築いてきた多くのものを、
ある意味では、無駄にするのだろう。



「そんなこと、認められるかっ!」

弟が、私の胸に拳を打ち付ける。
鈍い金属音が、微かにひびいた。

何も考えずに振り下ろされた拳は痛んだだろうが、
弟は、気にする素振りすら微塵も見せない。

「では、他に手があるのか?
 我らは、あのお方を
 お守りしなければならないのだぞ。
 プラタナス?」

私の胸にあてられた、弟の手が僅かに震える。
足元を見るように俯いた姿勢では、顔は見えないが、
その表情が苦痛でゆがむ様はわかる。

空気を伝わって、感じ取るように。
弟が、苦しんでいるということだけはわかった。

「…ストレリチア。」

「私では適任ではないと思われるのでしたら、
 他のものを任命してください。」

見かねて口を開いた隊長の言葉を制する。
本来ならば、許されざるべきことだろう。
だが、今はもう、躊躇う間はない。


誰かが行かねば、主は戻らない。
私が行きさえすれば、あの方は戻るだろう。

あの方が、ここに戻りさえすれば、
私がここに戻るかどうかなど、
些細な問題に過ぎないのだ。


一瞬怯むかのように、隊長が口を閉じる。
他の者達は、皆一様に俯いている。

弟の、呼吸の乱れが響く様な静寂。
張り詰めた緊張の糸に、
触れることを恐れるような、沈黙。

張りつめた、緊張の糸。
そのものを、発するように。

「私が行って、宜しいですね?」


一瞬視線を落とすと、弟の肩は震えていた。
泣いているのだろう。
私と、私の残してゆくもののために。
己の、力不足を悔やんで。

隊長が無言で頷くのを確認し、
弟の手を除ける。
呆けたように、無抵抗となった弟は、
しかし、それでも、
頽れることはしなかった。


「それでは、
 陛下は、私が、必ず。」

「任せたぞ。
 貴公の、幸運を祈る。」


踏み出す一歩の、その足音が、
やけに大きく響く。
その沈黙に、耐えかねるように、
焦燥を含んだ、友の声がかかる。

「何か…何か残すことは?」

振り返ると、彼は、
もっと適切な言葉を、探すかのように
俯いていた。

「何も。
 先へ残すものを作るのは、
 私ではない。」

彼が顔を上げるのを待たず、
私は、向き直り、歩を進めた。



その未来は、私では作り出すことはできないだろう。
あの方の、夢、未来そのものに、
我等は、集うように、剣を捧げる。

私は、あの方の傍らに控えることを
許されていたに過ぎない。
それ故に、私では、
彼等の、築き上げたものを、
ある意味では、無意味にしてしまうことだろう。

共に、その未来をと。
彼等の、その夢だけは、
私に向けられたものだとしても。

私は、彼等と共に、
あの方に、その未来に。
我が剣と生涯を、捧げたのだから。



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